”平成のアウトロー人生”を叫ぶ


4日前、季節が変わる瞬間を肌で感じました。あつい。
ころころ変わる天気にもてあそばれている、スリーソルトです。

さてさて、
私の連載のタイトルは、『岡崎のNPOで働く22歳が○○を叫ぶ』の○○の部分を毎週変えて発信していこうという感じで決まったのですが。

何を書いたらいいかなぁと思って、ぼんぼん先輩(岡パン編集員)に聞いてみたら、

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『スリーソルトって何者だい?』

と言われたので、わたしが何者かを説明しようかとおもいます。

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1993年生まれ。佐賀と福岡のハーフ。愛知県三河地方育ち。

元引きこもりです。
これ、よく反応に困ると言われるのですが、はい。4年くらい半径300メートル以内で生きてました。

説明する為に、ちょっと自分の人生を幼稚園からさかのぼってみる。

幼稚園の卒園式のとき、卒園生が将来のゆめを発表するところで、
私は”ゲームセンターにいるひと”って言ったらおとなが『なんでそんな事言ったの』ってキレていたのを覚えている。

小学生のとき、こどもはなんで勉強しなきゃいけないのっておとなに聞いたら
『勉強したくないんでしょ〜がんばらないとね』
みたいなことが何度もあって、勝手に勘違いするおとなにうんざりした感情も覚えている。

中学生のとき、常に意見の食い違う担任と顧問の先生が
どっちの味方になるの、みたいな争いを目の前でしていたときの自分の無力さも鮮明に覚えている。

こんな疑問や違和感がたまって、10代の時に3〜4年くらい家に引きこもっちゃった。みたいなひとです。

社会復帰して、海外飛び回ってから岡崎へやってきた。
学校へ行かなくなることを筆頭に、
レールからはずれた人生を歩み始めて8年。また社会に出始めて4年。教育ということばにかき立てられて2年。

どこにでもいる一般人の私と、私の家族があんなに辛くて悲しい思いをしたのなら、他の人だってしちゃうんじゃないか。
そんな思いをする人たち、増やしたくないな。と思っていまは、コラボキャンパス三河というNPOで教育事業を手伝っています。

この昔話を隠すのを辞めるようになってから、アウトローあうとろー言われるようになりましたとさ。
(本来はoutなlawで無法者という意味が、社会秩序からはずれている者という意味に派生しているらしい。)

あれ、なんだか真面目な話になってしまった。。
こんな話も続くとアレなので、来週は明るい話題にしよう。笑

ではまた。