”自分にとっての働くのカタチ”を叫ぶ


学校を出て、社会人となり数年。
この数年間で、ソーシャル・ビジネスセクター問わず様々な形で働いているオトナに出会いました。

異国の地で貧困問題に本気で立ち向かう人から、某動画サイトの動画配信で生計を立てている人まで。
色んなカタチの、楽しく働くということを知りました。


 

そうやって、いろいろな価値を産みだしているかっけぇオトナに会うたび
自分にとっての”働く”ってどういうことかな。と考えます。

多義に渡るようですが、労働者の定義(wikipedia)として
『業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者』とあり

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そんな、会社の犬となって給料をむさぼるみたいな言い方ではなくて。

社会の仕組みの中で、必要な価値の生産をすることが自分にとっての理想的な”働く”のカタチなのかな、と感じています。


 

ただ、働いている誰もが何かしらの価値を創造している立場であるとも感じていて。
自分が、どの分野で、どんな価値を生産すること、=楽しく働くことにつながるのか。

ただ今の自分の役割を果たしつつ、
価値の生産手順・アウトプットのビジョンが明確になったときに、楽しいと感じるのではないかな。と感じる22歳の秋。
(いや、いまはいまなりに楽しく働いているんですけどね。)

まだ起きていないことに対する不安なんて、ただの妄想な気がする。
んじゃ代わりに、期待と希望に溢れた未来を妄想すればいいじゃないか。

一歩ずつ進むしかないな。明日もがんばろう。